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記事: URUOTTEが奇才 空山基の視線の先に見た、新たな地平のヴィジョン

URUOTTEが奇才 空山基の視線の先に見た、新たな地平のヴィジョン

圧倒的な画力を武器に、驚異の写実性で独自の世界観を表現し、人体と機械の美を追求した作品を発表し続けるアーティスト、空山基。

 

広告代理店でグラフィックデザイナーとして活動した後、1970年代にイラストレーターとして独立。アメリカの老舗メンズマガジン「ペントハウス」でイラストレーションの連載を担当したこともある。彼の描いたピンナップガールは、かの国の愚鈍な元大統領をはじめとするアホマッチョな男たちの目線に媚びることなく、むしろ過剰に誇張されたフェティッシュな表現が、女性を取り巻くステレオタイプの欲望やタブーを挑発してくるようで実に痛快だ。
 
1970年代後半より、アートのメインストリームから逸脱した、いわゆる「東京アンダーグラウンド」のシーンで、空山の作品は熱狂的に支持された。フェティッシュイベントやサブカル系メディアを通じて空山の作品に触れた世代の筆者の目に、その完全無欠の肉体を誇らしげに見せつける女性像は「自律する強靭なエロス」「孤高のポートレート」として映った。20世紀の写真家ヘルムート・ニュートンが仁王立ちする長身のモデルたちの彫刻的な身体に対峙した「パワーヌード」に接続する、新しい時代の女性像を予感させるイメージだった。
 
1970年代後半より、空山は彼の代表作のひとつとなる、エロティックかつメタリックな質感とメカニカルな造形を持つアンドロイド彫刻「セクシーロボット」シリーズを発表し、国際的に高く評価される。2001年にはロックバンド、エアロスミスのアルバム『Just Push Play』のアートワークを手がけ、世界中で注目を集めた。
 
以来、各界のアーティストやクリエイターの支持は厚く、空山とのコラボレーションを望む声は絶えることがない。
その口火を切ったともいえるのが、ソニーが開発したペットロボット「AIBO」のコンセプトデザインだ。グッドデザイン賞グランプリ、メディア芸術祭グランプリを受賞し、MoMA(NYC)、スミソニアン博物館 (Washington D.C)の永久収蔵された本作により、空山の知名度は一挙に高まった。
造形上の厳格なレギュレーションがあることで知られるディズニーとも、玩具会社トミーとタッグを組み、先鋭的な造形を限界まで追い込んだミッキーマウスのロボットフィギィア「FUTURE MICKEY」を制作している。
2018年には、キム・ジョーンズと共に手がけたDior Menとのコラボレーションを披露するショーで、高さ12メートルの巨大な「セクシーロボット」を発表した。
 
近年、海外のセレブリティのSORAYAMAへのアプローチはますます過熱気味だ。
半世紀分の資料と私物が堆積する魔窟のような空山のアトリエには、ファッションデザイナーのステラ・マッカートニーが来訪した折に贈られたという、メッセージとキスマーク付きのエコバッグが無造作に飾られていた。
ルイ・ヴィトンのアーティスティックディレクターに就任したことでも話題のファレル・ウィリアムスも来日時に空山のアトリエを訪問。
同じくミュージシャンのザ・ウィークエンドも空山の彫刻作品のコレクターとして知られ、自身の楽曲『Echoes of Silence』(2021)のミュージックビデオでは、空山をクリエイティヴディレクターに迎えている。さらに現在、全世界で展開するグローバル・スタジアムツアーでは、ステージ上にそびえ立つ全長7メートルの「セクシーロボット」の彫刻と競演し、作品世界に没入する演出によって自身の未来観をシェアしようと試みる。
 
一方、自然派ヘアケアブランドuruotteを発売して18年目を迎える株式会社クィーンは、この度、空山基とのコラボレーションにより、ジェンダーレスなライン URUOTTE をローンチした。なかでも新商品「Cocoon」の開発において、同社はクリエイションの方向性に大きく舵を切り、視線の先には2つの到達点があった。

その1つは先鋭的なパッケージデザインだ

「Cocoon」は、空山の「セクシーロボット」シリーズにインスピレーションを得た、宇宙船やロケットを思わせるメタリックなボトルに装填されている。ボトルに施されたロゴタイプに象徴されるソリッドなデザインの背景には、思いがけない制作秘話があった。
「ある大企業からオファーがあって、パッケージの企画が進みかけていたんだけど、結局白紙になりました。これはよくあるケースで、アーティストとのコラボレーションと謳いながら、既存の商品に作品の一部分を取り入れるだけとか、ちょっと色を変えるとかロゴを入れるとか、アートを表層的に利用しようとする企業が多いんです。そういう企画の担当者は情熱も愛情もないからロクなものは作れない。こういうものが作りたい、と相談しても(上層部に)通すこともできないし。ソニーのAIBOと同じレベルまでは求めないにしても、プロジェクトを引き受ける以上、できれば開発の最初の段階からゼロベースでデザインに関わりたいんです。そんな理由で大規模なプロジェクトをいくつもキャンセルしてきました。数千万の仕事を断るなんてアイツは頭がおかしいと言われたこともあるけど、お金に換算できないものがあるんだよ」と空山は語ってくれた。
 
ちょうどその頃、アートコレクターでもある同社代表の笹川は、新しいプロジェクトに取り組むにあたり、以前から高くリスペクトしていた空山にコラボレーションの可能性について相談した。すると偶然にも、前述の白紙になったプロジェクトで空山が発想したデザインが、笹川の思い描く新作のコンセプトにぴたりと合致したのだ。
それは極薄のメタル素材に0.3mmのレリーフを施すという、技術的にきわめて難易度の高いデザインだった。建築家/アーティストの板坂論らプロジェクトチームの知見を集め、新たな金型の試作を重ねた結果、ついに彼らの「見たい景色」が現実となった。
 
もう1つの目的地は、「香り」という抽象的なクリエイションにあった。
新進気鋭のパフューマーとともに、環境に配慮したエシカルなフレグランスを開発したことは、本プロジェクトの大きな新機軸だった。ヒノキの精油とバイオ生成されたホワイトムスクを核として調合されたその香りは、身体を取り巻く空間全体を満たすほどの力強い刺激をもたらし、しかも長時間にわたってほのかに残る。髪を洗うという日常の営みを、アーユルヴェーダの施術にも通じる身体拡張的な体験へと変容させるものだった。
正直なところ、「バスルームで香りの宇宙旅行」と聞いたときは巨大な「?」が頭に浮かぶばかりだった。だが実際に使用感を体験してみて、宇宙旅行とは「香りによって想像力を刺激され、脳内宇宙を回遊する意識の旅」のことだったか、と腑に落ちた。
さらには、空山の「セクシーロボット」にインスパイアされた未来的なパッケージが、ロケットや宇宙船を思わせる質感や造形に着地したことで、「香りの宇宙旅行」というコンセプトに結びつくという2つ目のセレンディピティが起こったのだ。
 
では、当の空山先生はどうリアクションしたのだろうか?(以下、LINEより原文ママ)
「熟成した大人の芳香、映画『卒業』のミセスロビンソン叔母様はさぞかし此のような香りだっただろうと妄想を掻き立てる妖しい体験でした。なにしろ妄想を商売にしてますから、困ったもんだぁ」
・・・オリジナルの「ひとり宇宙」に妄想が膨らんでしまったようだが、「それもまた良し」(笹川)である。
空山はかねてより事あるごとに、自身の創作活動は「妄想を絵でプレゼンテーションする」ことであり、「妄想とは脳内だけでできる無限の自由な遊び」であると語ってきた。アーティストに限らず、どんな人間にも居ながらにして自身の脳内を旅し、妄想をめぐらせる自由がある。現実社会では思い通りにならない有限で脆弱な精神や肉体を、妄想世界では無限に拡張させ跳躍させることができるのだ。
プルーストの『失われた時を求めて』の冒頭を引用するまでもなく、ときに「香り」は記憶や意識の動きを妄想の悦楽に導いてくれる。たとえ髪を洗う束の間の時間に過ぎなくても、妄想や夢、そして官能をもたらす「香り」のはたらきは、これからも苛烈な時代を生きていく私たちの精神が求める「超・高機能」となり得るのかもしれない。
 

 

洗うフレグランス「Cocoon」の開発は、機能商品としての既成概念を大胆に突き破り、昨今特にビジネスに厳しく求められるコストパフォーマンスやエビデンスとは次元を異にする道を選んだ。同社にとって、またコスメティック業界にとっても過去に事例のない、きわめてコンセプチュアルなアート志向のプロジェクトといえるだろう。
「同じ目的地に着地したいだけ。実現できる理由が1つでもあれば頑張れるのは、一流の会社だけなんです。予定調和に陥らないプロジェクトを楽しみました」と空山は言う。
笹川と空山がともに反骨精神を燃やして臨んだ、この異例のコラボレーションが実現した理由とは、既存の社会通念や安全圏を超えた地平に、彼らが「見たい景色」=同じヴィジョンを共有することができたことに尽きるのだ。
 
アートプロデューサー/RealTokyoディレクター
住吉智恵
URL: https://www.realtokyo.co.jp/authors/sumiyoshichie/